1980年代、ビールのイメージキャラクターに起用されて人気を博したパピプペンギンズ。1983年にサントリーCANビールのテレビコマーシャルに登場して以来、落ち着いたバーでスローテンポなジャズを歌う女性シンガーと、その歌声に心打たれて涙を流す青年の姿を映した一連のシリーズが放映された。
CMに使用されていた松田聖子の楽曲「SWEET MEMORIES」への注目もあり、おそらく制作サイドも予想していなかっであろう人気ぶりを見せることになる(ちなみにこの曲は「北の国から’84夏」の有名なシーンにも使用されており、この時代を象徴する一曲といえるだろう)。
1985年まで放映が続くことになったCMシリーズだったが、その枠にとどまらず、なんと劇場用の長編アニメーションが制作されることに。それが同年に公開された『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』だ。
短い映像の中で視聴者に物語の背景を想像させ、商品への関心を高めるためにイメージを掻き立てるテレビコマーシャルという商業メディアを飛び越えて、ペンギンたちを主人公に独立した物語を、しかも100分を超える長編映画を作ろうというのだから、なかなかの試みであるといえる。
その一方で、CMはもともと『カサブランカ』『罠』『旅情』『ビッグ・ウェンズデー』などの往年のアメリカ映画の世界観を借りていたこともあり、映画として制作するという発想も出てきたのかもしれない。だが、作られた映画は表層的な雰囲気を借りてきただけの代物では決してない。むしろ、いわゆる借景としてのパロディではなく、真の“アメリカ映画”を日本で作ろうという気概もあったのではないかと思われる。
物語の冒頭、闇夜にヘリコプターが不気味な影となって飛び回り、重機関銃の放たれる音が閃光とともに響き渡る。その攻撃から命からがら、暗い森の中で逃げ惑うペンギンたち。その一見すると可愛らしい姿が、戦場の過酷な状況を引き立てている。
この冒頭シーンは、映画の翌年に公開されることになる『プラトーン』(1986年)などのベトナム戦争映画のワンシーンを彷彿とさせるが、その狙いがあったことは間違いないだろう。生い茂る熱帯雨林と、終わりの見えない戦争。共に戦った二人の友人を亡くし、生きる気力も失ってしまったマイク・デイビス(声は佐藤浩市)の心の旅こそが、この映画が描こうとする物語なのだ。
忌まわしい戦争(劇中ではデルタ戦争と名指されている)が終わった後、地元に帰還し、家族や友人から温かく迎えられるマイク。このあたりの歓迎ムード一色の凱旋はベトナム戦争というよりは、アメリカが戦勝国となった第二次世界大戦後のような雰囲気もある。ともあれ、このほろ苦い、何をしていても行き場のない、やるせない思いを抱えた主人公は、アメリカンニューシネマに登場する青年のようでもある。
未来を信じられず、PTSDで精神も疲弊してしまったマイクは、さまざまな街をさすらいながら、レイクシティという小さな街に腰を落ち着ける。そこで歌手志望のジル(声は鶴ひろみ、歌唱部分は松田聖子)と出会い、惹かれ合う。
旅の終りを求めて旅人はまた新たな旅に出る 赤く沈む夕陽が彼の手にする、たったひとつの荷物である……
モチーフとして繰り返し出てくるのは、ランドール・ジェイムズという架空の詩人である。詩の一節そのままに、あてもない旅の果てに図書館員となったマイク。ジルには婚約者を名乗る有能な外科医のジャック(声は奥田瑛二)や、金の卵であるジルを歌手として売り出そうとするボブ・アダムス(声はケーシー高峰)が立ちはだかる。そんななか、ジルの幸せを願うマイクは今の生活に満足し、変化を望まない自分が彼女の夢を壊すと思い、静かに身を引こうと決心してしまう。
一方、ジルの婚約者を名乗りながら、看護師のスーザン(声は増山江威子)と恋仲にあるジャックだが、のちに彼もデルタ戦争で心に傷を負っていたことが判明する。また、ジルの良き理解者であるマダム・オハラにも秘められた過去があることが明らかになる。
この映画は、戦争で心に傷を負ったマイクをはじめ、彼の周囲にいる大人たちの喪失と再生の物語である。可愛らしいフォルムのペンギンたちが登場人物でありながら、心理描写に重きを置いた演出、そして近くて遠いアメリカ映画の雰囲気を持っていることが、この映画に描かれている愛の物語を純度の高いものにしているように感じられる。
こうした挑戦的とも言える長編アニメーションのオリジナル作品が劇場公開されていたのが、1980年代という時代だったのだろう。残念ながら現在、この映画のDVDやBlu-rayなどは発売されていないようだ。1980年代という時代の徴が刻み込まれた、ペンギンの奥深い魅力を感じることができる一作である。
『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』1985年
監督:木村俊士
脚本:河野洋、川崎良、久野麗
音楽監督: 松任谷正隆
主題歌:松田聖子
撮影:八巻磐
製作:サントリー、博報堂、CMランド
配給:東宝東和