『WAVES/ウェイブス』
WAVES
2019年、アメリカ、トレイ・エドワード・シュルツ監督
『イット・カムズ・アット・ナイト』で高い評価を受けたトレイ・エドワード・シュルツが手がけた家族の再生の物語。計算されたスタイリッシュな音楽と色彩の演出が美しく物語を彩っている。
『WAVES/ウェイブス』の特徴は、前半と後半で物語の主人公が兄から妹へとバトンタッチされる斬新な構成である。前半では、フロリダに住む成績優秀でレスリング部のスター選手で、美しい恋人もいる高校生タイラー(ケルヴィン・ハリソン・Jr)が主人公となる。タイラーは厳格な父親ロナルド(スターリング・K・ブラウン)との間に心の距離を感じながらも、恵まれた環境で何不自由のない生活を送っている。だが、あるとき肩の負傷が発覚し、ドクターストップに逆らって試合に出場したことで致命傷を追う。さらに恋人の妊娠が判明し、子どものことで溝が生まれてしまう。
そして、タイラーが起こした決定的な事件と、その裁判の顛末が描かれるまでが前半の展開である。タイラーの順風満帆な生活ぶりが描かれる前半の冒頭では、車内をとらえたカメラワークにはかなり動きがあり、ほぼ360°の視界を提供することになる。劇中では31もの楽曲が使用されているのだが、始まりの部分での選曲もわりあいハイテンションで、過剰さもある演出になっている。
全編では色彩がかなり豊かで、映画制作会社A24が手掛けたとあり、『ムーンライト』を思わせるようなスタイリッシュな演出が特徴だ。ここでの色彩は逆光であったり反射であったりと、画面全体を覆うような使われ方をしていて、デジタル的な手触りがある。感覚的かつ比喩的にいうと、CMYKというよりはRGBといった感じで、混ぜると逆光のような眩しい白になるような感覚である。
そして、好演を見せた『ルース・エドガー』でも高校生を演じたケルヴィンの演技もよい。1994年生まれということだから、演じている高校生とは実年齢からは離れているのだが、大人びていながら思春期の葛藤を抱えているという演技には合っているといえる。タイラーの転落を描く前半は、ストーリーだけを追うと、どこかスリラー的というか、なぜ順調だった人生の歯車が狂ってしまったのかを描くという点でノワール的ともいえる。ともあれ、ここでは若いということの特権の代償でもある、愚かさや醜さが描かれている点に好感を覚える。
1年後を描く後半は一転、カメラワークや色彩も落ち着き、心を閉ざして過ごす妹エミリー(テイラー・ラッセル)の物語が始まる。学校で孤立しつつある彼女の前に、すべての事情を知りながらも素直に好意を寄せるルーク(ルーカス・ヘッジズ)が現れ、二人は恋に落ちる。
このルークがかなりいい。恋愛経験もなく、話し下手な彼が誠実に彼女と接する姿は感動すら覚えるほどだ。この後半では、タイラーとエミリーの母親が父の後妻であり、生みの母ではないことが明かされる。そして、ルークにも疎遠になった父がおり、危篤を迎えているのだということがわかる。彼女はルークとともに彼の父のもとを訪れるということを提案する。会ったことのない恋人の父親の最期を看取るということが、エミリーの心を癒すための代替療法のようなものとして機能するのだ。
エミリーのパートでは始まりからカメラワークも大人しく、静かなトーンで物語が語られていたのだが、ルークの父に会うために遠出をする旅の過程は開放的で、カメラワークも再び動的な印象を取り戻す。登場人物たちの心の動きとシンクロするように音楽がかかり、色彩も変化する。スタイリッシュに計算された画面づくりが行われていることが伺える。ストーリー展開そのものに斬新さはないのだが、こうした演出が“新しさ”というものなのだろう。
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