『ユナイテッド93』
United 93
2006年、アメリカ、ポール・グリーングラス監督
ユナイテッド航空93便(UA93)とは2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロの際にハイジャックされた4機の一つである。当日はニューアーク国際空港発サンフランシスコ国際空港行きの予定で、ターゲットのうち唯一目標に達しなかった航空機だった。アメリカン航空11便とユナイテッド航空175便はニューヨークのワールドトレードセンターに激突し、アメリカン航空77便はバージニア州アーリントン郡のペンタゴンに激突したことは周知の通りだろう。
この映画と同じくアメリカ同時多発テロ事件を描いたオリバー・ストーンの『ワールド・トレード・センター』(『WTC』)も2006年に製作されているが、タイトルが示す通りWTCビルを舞台にしているのに対して、こちらは目的地に向かって飛ぶ航空機の内部が舞台となっている。また、『WTC』がニコラス・ケイジ、マイケル・ペーニャなど俳優がキャスティングされている一方で、『ユナイテッド93』ではほとんどが無名の俳優を中心が起用されているという点でも作風が異なる。
また、『ユナイテッド93』ではパイロットや客室乗務員を演じた俳優は職業経験がある者をあてられ、管制官や一部の出演者はテロ事件の当日に実際の現場で勤務していた本人が演者として起用という。制作陣による犠牲者の遺族や関係機関への入念な取材が行われ、劇中の無線などの一部音声には事件当時の実際のものが使用されている。つまりはきわめてリアルに、細部に至るまで「再現」ということに力点が置かれた映画であることが制作の背景からも伝わって来る。
そこにはもちろん多くの被害者が出たという倫理的な要請もあっただろうが、それよりも徹底した現実の再現こそがフィクションを凌駕するという作り手の意図によるものであると思われる。『WTC』の撮影でストーンが一部の配役を変更しようとしてアドバイザーから反発を受けているが、『ユナイテッド93』での倫理とは現実の強さへの絶対的な信頼である。ここには表象不可能な出来事をいかに描くか、という試みの一つの成果がある。
だが、やはり複数の航空機がハイジャックされていることが判明し、対応に追われる地上の様子を捉える前半に比べると、93便に乗ったアルカイダのテロ実行犯がテロに至るまでの展開はサスペンスフルなぶんだけフィクショナルに演出されている、という印象を受ける。だが、もしかすると現実の光景も映画のようなものだったのかもしれない。同時多発テロを目撃した人の多くは「まるで映画のようだ」と感想を口にしたという。ただ、現実が映画のようなのではもちろんない。映画が現実を模倣し続けてきた結果、私たちは現実の光景を映画を通して知っている、という感覚を受ける瞬間があるということだ。
手持ちカメラのような演出が印象的だが、撮影監督を担当したのはバリー・アクロイド。グリーングラス作品としては『グリーン・ゾーン』(2010年)、『キャプテン・フィリップス』(2013年)、『ジェイソン・ボーン』(2016年)でも撮影監督を担当している。ほかにもケン・ローチの『麦の穂をゆらす風』(2006年)、『エリックを探して』(2009年)や『ハート・ロッカー』(2009年)、『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』(2013年)、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)、『デトロイト』(2017年)、『スキャンダル』(2019年)などに携わっており、歴史物や社会派な作品を得意としているようだ。
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