『すばらしき世界』 いま、いかにして映画はヤクザを描けるか?

『すばらしき世界』
2021年、西川美和監督

原案は1990年に刊行された佐木隆三の長編小説『身分帳』。元ヤクザで13年の刑期を終えたばかりの元殺人犯の出所後が描かれる。タイトルにある「身分帳」とは、刑務所に収容された者の経歴や入所時の態度などが記録された書類のことである。

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レールを外れて社会復帰を目指すことの難しさを普遍的に描くものというよりは、1992年に暴力団排除条例が施行され、2000年以降に都道府県で暴力団排除例が制定されてヤクザが「反社」として排斥の対象となった現在、ヤクザ映画はいかにあるべきかという問いへの回答といえるかもしれない。今でも『孤狼の血』や『ヤクザと家族』など、ヤクザものは連綿と作られ続けているが、今後はいわゆるノスタルジックなヤクザ礼賛ものは難しくなるだろうと予想させる。

タイトルも「すばらしき世界」という、いささか皮肉を効かせたタイトルになっているとともに、1990年の刊行当時からは大きく状況が変化したこともあり、物語は大きく翻案されている。主人公とともに物語に参入するテレビ関係者の二人もその一つである。

そして、主人公である三上正夫を演じる役所広司の演技も共感を誘うものであるというよりも、こういう存在を社会がいかに受け入れていくかということを考えさせられる。彼がヤクザとなった経緯もある程度は先天的な要素が絡んでいることが語られるが、テレビディレクターの津乃田龍太郎(仲野太賀)とテレビプロデューサー吉澤遥(長澤まさみ)が物語に参入することが、こうした客観的な視点を提供することに貢献している。

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だが、主人公が介護施設で経験するある選択の提示の仕方は、あまりに二項対立にすぎるとも感じる。だが、短気で暴力的である三上の性格を明瞭に示すものであるにしては、ハサミのクローズアップや暴力をふるう幻覚などは、それが純粋な正義感に基づくものであったとしても思考を停止させてしまうという三上の不器用さを考えるなら、やはり不自然さもある。いかなるときも打算をこえて短絡的に行動してしまう三上からすると、正義感による衝動と俗世への迎合を天秤にかけて、逡巡してしまうことこそ似つかわしくないからである。

このように、これまで憧憬の対象となってきたヤクザのその後を描いたものとして見るべきだとは思うが、仮にしかるべきレールを外れた人が社会へと出て行くことの難しさを描くならば、自分の作品が「佐木隆三の『身分帳』にそっくりじゃん!」と思い悟って挫折するであろう、小説家を目指して無職になったテレビディレクターの社会復帰を描くべきだろう。

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