『ゴールデン・リバー』西部劇と歯磨き、もしくはブロマンスの香り

『ゴールデン・リバー』
The Sisters Brothers
2018年、アメリカ・フランス・ルーマニア・スペイン、ジャック・オーディアール監督

この映画のジャンルは、いうなれば西部劇である。だが、異色の西部劇であるといえるだろう。そもそもフランス人監督の手による、アメリカ・フランス・ルーマニア・スペイン合作であるということからしてもそうだが、いわゆる1970年代に積極的に作られた『小さな巨人』『ソルジャー・ブルー』のような修正主義的な西部劇とも異なる味わいのある作品である。この後味はどこから来るのだろうか? ひとまず劇中に印象的に登場する「歯磨き」のシーンに注目してみてみよう。

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物語を中心となるのはジョン・C・ライリー、ホアキン・フェニックス、ジェイク・ギレンホール、リズ・アーメッドの4人が演じる男たちだ。そのうちシスターズ兄弟は殺し屋なのだが、兄のイーライ(ジョン・C・ライリー)は足を洗って普通に生きたいと願い、一方で弟のチャーリー(ホアキン・フェニックス)は裏社会で成功したいと望んでいる。そんな彼らに与えられた新たな仕事は、仲間で連絡係のモリス(ジェイク・ギレンホール)が追っているはずのウォーム(リズ・アーメッド)という男を始末すること。

だが、そのモリスはウォームを見つけ出しすも、ウォームが黄金を見分ける“予言者の薬”を作る化学式を発見したと聞かされていた。その薬を川に流すと、黄金が輝くのだという。そして、雇い主の目的が化学式を奪うことだとわかる。物語はゴールドラッシュに湧く1851年、モリスとウォームは手を取り、この薬と使って黄金を手に入れることに目的の舵を切る。そして、モリスを追ってやって来た兄弟も合流し、4人が黄金を採るために手を組むことに。初めは互いに疑心暗鬼だった2組だったが、しだいに奇妙な友情と絆が生まれていく。

という筋書きで、邦題が想起させるような「黄金が彼らの欲望を掻き立てて狂わせていく」という話にならないところがおもしろいところだ。ジョン・ヒューストンの文字通り『黄金』をはじめ、西部劇でいえば『怒りの河』『悪の花園』『遠い国』『縛り首の木』『マッケンナの黄金』など、黄金をめぐる映画は数多くあるのだが、『ゴールデン・リバー』はそのような話とは一味違う。兄弟の兄であるイーライは殺し屋稼業を離れたいと願っており、あわよくば大金を手に入れた暁には田舎で愛する女性と静かな生活を送りたいと思っているほどなのだ。はたまたウォームはといえば、黄金を元手に暴力や貧富の差のない理想郷をつくることを念願としている。この2人は黄金を手にすることで、この欲にまみれた世界から降りたいと願っており、欲望が堰を切ったようにあふれ出ることはなく、シスターズ兄弟とモリス&ウォームの2組は絶妙なバランスで黄金があまり採掘されていない川上を目指すことになる。

【公式】映画『ゴールデン・リバー』7.5(金)公開/本予告
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彼らのうち、まず注目すべきなのは、映画の原題で原作小説のタイトルでもある「シスターズ兄弟」の関係性である。その両性具有的なネーミングが象徴するように、兄弟の性格は対照的に設定されている。殺し屋稼業を廃業したい兄と、成り上がりたい弟。行動も静と動とで対比的で、それぞれにいわば男性的/女性的な属性を与えられている。この関係性を示すのが歯みがきという行為である。彼らはモリスとウォームを追う道すがら、とある町で雑貨屋に立ち寄ることになる。その際、兄のイーライは歯ブラシを購入するのである。店主に用途を説明されたり、その後の彼の言動からも歯磨きという行為に馴染みがないことがわかるし、恐る恐る歯を磨く場面には思わず笑いを誘われてしまう(詳しいことは調べてみないとわからないが、おそらく当時は動物の毛などを木の柄に刺したような粗悪な簡易的なものだったのではないだろうか)。

ともあれ、未開の荒野を舞台とする西部劇において歯磨きという行為に象徴されるのは「文明」である。川本徹は「カウボーイと石鹸の香り――西部劇における男性の入浴シーンについて」(『荒野のオデュッセイア 西部劇映画論』所収)のなかで西部劇に登場する入浴の行為に着目しているが、この映画が示すように、西部劇における歯磨きというのも粗野なカウボーイからは対極的な振る舞いであるといえよう。ほかにも兄弟が立ち寄るサンフランシスコの高級ホテルでも近代化されたトイレや風呂などが登場し、荒野と文明が強く対比されることになるのだ。

この映画には男性的=未開の荒野/女性的=近代的な文明という二つの極が用意され、後者を象徴するのが黄金を発見するための化学式であり、歯磨きという行為である。そして、それは二組の男たちの片方に内在している属性でもある。そんな4人は黄金を目指し、川の上流へと向かっていく。途中、休憩のために野営をすることになり、兄イーライとウォーム、そしてチャーリーとモリスはそれぞれペアとなり、身の上話を打ち明け合う。この様子はまるで恋愛映画のワンシーンのように演出されているとみることができるのだが、ここで属性によってカップリングが成立していることに注目すべきだろう。ブロマンスの香りを漂わせながら、彼らは黄金を手にすることができるのか? だが、川の底に沈んだ黄金を輝かせるための薬剤により、ウォームの身体は蝕まれつつあった……。

これまでも寡作ながら『真夜中のピアニスト』『預言者』『君と歩く世界』『ディーパンの闘い』といった作品を撮ってきたジャック・オーディアールだけに、一見するとジャンル映画であるながら、既存の枠組みから少し物語の構造を少しだけずらしてみせるという方法論が『ゴールデン・リバー』でも発揮されている。そんななかでもジョン・C・ライリーの演技がいい。西部劇に登場する荒くれ者とは正反対の温和な男。それでいて殺し屋としての腕は随一というのだから、なかなか難しい役どころだが、うまくはまっている。

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