『リグレッション』もしもローズマリーの赤ちゃんが本当だったら?

『リグレッション』
Regression
2015年、アメリカ・カナダ・スペイン、アレハンドロ・アメナーバル監督

『リグレッション』は、かつてアメリカで悪魔崇拝者たちが虐待の儀式が執り行ったと社会問題になった実話をもとにした物語が語られる。

スポンサーリンク

1990年、ミネソタ州。17歳のアンジェラ・グレイが実父のジョンから性的虐待を受けたとして告発し、ブルース・ケナー刑事は虐待事件の捜査に当たっていた。だが、ジョン本人も容疑を認めているものの、娘を虐待した記憶がないという。心理学者のケネス・レインズ教授(デヴィッド・シューリス)の協力のもと、捜査チームがジョンに回復記憶療法(退行療法)による治療を施したところ、ジョージ・ネスビット刑事(アーロン・アシュモア)が事件に関与している可能性が浮上する。しかし、ネスビットの事件への関与を示す証拠は見つからず、しだいにアンジェラの証言から悪魔を崇拝するカルト集団が事件に関与しているのではないかという疑いが生じ始める。

端的にいうならば、ロマン・ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』(1969年)でローズマリー(ミア・ファロー)の赤ちゃんを生贄にした悪魔崇拝者たちが実際に存在したら? というのを描いた映画であると説明できる。たしかに『リグレッション』では刑事に扮したイーサン・ホークの演技も悪くないし、全体の雰囲気も過剰なホラー演出もなく好感が持てるものにはなっている。が、いかんせん悪魔崇拝者たちの犯行では? という陰謀論めいた推論に警察側が夢中になりすぎているというのは気になるところではある。

この「リグレッション」とは、コンピュータなどのソフトウェアをバージョンアップした際に、新たな問題が発生したり過去の不具合が復活したりすることで生じる、性能のの改悪や機能の低下のことなどを意味する。つまりは退行療法によって「回復」した記憶は正確なものなのか? 真なるものなのか? という疑義ががタイトルからも予告されている。

スポンサーリンク

イーサン・ホークが演じる主人公の刑事ブルース・ケナーは、劇中で語られるように不可知論者であるとされている。これはいうなれば宗教的には無神論者ということであり、警察官の立場として実証主義者であるということだ。だが、エマ・ワトソンが演じる17歳のアンジェラが死んだ母親が教団の被害者であったという証言やお腹に刻まれたという逆さ十字の傷跡により、ブルースは悪魔崇拝者たちによる赤ん坊の殺害などの恐るべき行為が実践されていたのでは、と思い込むようになっていく。観客はブルースに感情移入するように誘導され、事件をめぐる謎に巻き揉まれていくことになる。

このあたりのブルースの変化はやや大仰な音楽や一人称視点(POV)による映像を用いることで演出されており、彼が感じる恐怖も悪魔崇拝カルトの儀式に巻き込まれるという内容の悪夢を見るようになることで伝えられる。しかしながら、謎めくアンジェラをエマ・ワトソンが演じているという時点で、一見してこの少女がただならぬ存在であることは予想されるし、不可知論者を自認するイーサン・ホークの取り乱しぶりにはやや説得力はない。かろうじて、エマ・ワトソンの魅力が物語への関心を維持しつづけている、といった感もある。

だが、この映画のよいところは、今も安易に量産されつづけているホラー映画への批判を含んでいるところだと思う。つまりは『ローズマリーの赤ちゃん』のように、果たして怪奇現象が本当の出来事なのか、それともローズマリーの妄想なのか、ということを宙づりにして描くことでホラー映画としての地位を確立したのに対して、『リグレッション』はあまりにつまらない結末を迎えてしまうといえるだろう。このつまらなさは、実証主義がもたらすつまらなさなのである。実証主義をもってすると、ほとんどのホラー映画は成立しないのだ。

これを是とするか否とするかは鑑賞者の好みだが、凡庸なホラー映画が量産されている現在を鑑みると、『リグレッション』の結末の描き方は作り手たちの誠実な態度なのかもしれないとも思う。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました