『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』
Matinee
1993年、アメリカ、ジョー・ダンテ監督
とにかく最高としかいいようのない映画である。物語は1962年10月、フロリダ州キーウェスト。海軍基地で働く父親の転勤のために町に越して来た少年のジーン(サイモン・フェントン)は、B級ホラー映画の巨匠ローレンス・ウールジーを愛する映画狂で、毎週土曜日の午後に映画館へ足を運んでいた。次の土曜日にはウールジーの新作『MANT!』が公開される予定で、ジーンは弟デニスと楽しみにしていた。ウールジーが宣伝のために街を訪れるという吉報も届くなか、キューバ危機によりキーウェストの市民は不安な日々を送っており、ジーンの父親も連絡が取れなくなってしまう。そして『MANT!』の公開日にジーンは映画館で同級生のサンドラ(リサ・ジェイカブ)と出会うが、思わぬ騒動が起こり、2人は地下に従業員が隠していた核シェルターに閉じこめられてしまう。すると上映中のスクリーンが爆音とともに発火し、巨大なきのこ雲が現れる。ジーンとサンドラは核戦争が始まったのだと覚悟して抱き合う……。
主人公であるジーンは海軍に勤務する父親の都合で転校を繰り返しており、どこか達観している様子が切なく、明るく楽しいだけではない少年時代の寂しさがよく伝わって来る。そんななかサンドラと恋心を芽生えさせていく様子は、どこまでも淡く微笑ましい。そして劇中映画として登場するジーンがこよなく愛するウールジー監督作の『MANT!』も35ミリフィルムで撮影されており、クオリティも高い。これは放射能により身体の半分が蟻に変身した男が主人公のB級ホラー映画だが、これは1950年代に製作された核の脅威を背景にした映画作品を参照していると思われる。たとえば『原子怪獣現る』『放射能X』『水爆と深海の怪物』『世紀の怪物タランチュラの襲撃』『世紀終末の序曲』『巨大カニ怪獣の襲撃』『戦慄!プルトニウム人間』『縮みゆく人間』などであるが、ジョン・グッドマンが演じているウールジーのモチーフとなっているのはウィリアム・キャッスルである。
キャッスルは40年代から低予算映画を手がけたことで知られ、1968年には『ローズマリーの赤ちゃん』の製作などもしているのだが、何よりもギミック映画の第一人者として名前を映画史に残している人物である。有名なのは1959年には『地獄へつづく部屋』という映画で、これは百万長者(ヴィンセント・プライス)が5人の客を「呪いの館」に招き、そこで無事に一晩過ごせば賞金を出すというが、客たちはさまざまな恐怖に襲われる、という物語が展開する。この映画では幽霊が登場する場面で実際に、スクリーン横に設置した箱から3メートルほどの幽霊の模型「イマーゴゥ」(Emergo)が飛び出すという趣向が凝らされ、現在の4DXを先取りするような装置を考案された。ほかにも『ティングラー』では座席に仕掛けた観客の尻をくすぐる小型モーター「パーセプトゥ」(Percepto)など、映画作家というよりは宣伝プロモーターのようなアイデアマンだったといえるだろう(このあたりのことは柳下毅一郎「ウィリアム・キャッスルと付加価値商法」、『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』所収などに詳しい)。
『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』でも、ウールジーはキャッスルよろしくパーセプトゥなどのギミックを観客をびっくりさせるために意気揚々と準備するのだが、劇中で『MANT!』上映中に巻き起こる騒動もウールジーが仕掛けた装置の数々が起爆した結果なのだ。『MANT!』を楽しむ観客たち(ほとんどが子ども)は歓喜の悲鳴をあげるのだが、このてんやわんやを追体験できるようで楽しいし、ここではやはり私たちも映画のなかの観客と同じ気持ちになってアトラクションに身を委ねるのが、この映画のもっともふさわしい鑑賞の姿だろうと思う。
ところで、キャッスルが『地獄へつづく部屋』で興行的に成功を収めた翌年、アルフレッド・ヒッチコックが同じく低予算で『サイコ』(1960年)を監督している。これは「映画の結末を誰にも言わないでください」と宣伝し、観客の期待を煽ったことで知られるが、こうしたアイデアもキャッスルが先んじて行なっていたものだ(もちろんアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの『悪魔のような女』のような先駆的な作品もある)。さらに『サイコ』の翌年、キャッスルは『サイコ』を模倣した『第三の犯罪』(1961年)を撮っている。この映画では「Fright Break(恐怖休憩)」というギミックが用いられ、物語の山場で時計の針が登場し、怖くて見たくないという観客は45秒のうちに立ち去るようアナウンスが流れるというもので、入場時に配られた「返金保証書」を劇場に設置された「Coward’s Corner(臆病者コーナー)」に提出すると入場料を全額返金してもらえるが、代わりに上映終了までそこに立ち続けなくてはいけないというもの。
その実、キャッスルはヒッチコックのファンであり、事実としてもその影響を強く受けているのだが、これは『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』ではウールジーがサインを求められた子どもからヒッチコックと間違われ、思わずムッとするというジョークとして登場する。
『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』はキューバ危機を舞台に設定することで、50年代アメリカという豊かな幸せな時代が終わりつつあるという雰囲気が漂っている。キャッスルの映画は核の脅威が現実に影を落とす前の、どこかのんびりした無垢で純粋だった時代の産物だったのだろう。そうした空気を大いに楽しめるし、こうした時代が完全に失われてしまったのだという一抹の寂しさも読み取ることができる映画である。ともあれ、これは最高を煎じつめたような映画であると断言しておこう。
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