『ジャーヘッド』過酷な戦場のみが若者に青春を追体験させる

『ジャーヘッド』
Jarhead
2005年、アメリカ、サム・メンデス監督

「ジャーヘッド」とはアメリカ海兵隊員の刈り上げ頭がジャー(瓶や壺の意味で、いわゆる日本でいうジャーではない)のように見えることからついた蔑称である。GIカットともいう。この映画で描かれるのは、海兵隊員として1990年に中東へ派兵されたアンソニー・スウォフォードの湾岸戦争の奇異なる体験である。原作は、2003年に出版された『ジャーヘッド アメリカ海兵隊員の告白』(邦訳あり)で、いわゆる私たちが想起するような、銃撃や爆撃といった戦争映画らしい描写がほとんどないのが特徴である。

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代々海兵隊員を輩出してきた家系に生まれたアンソニー・スウォフォード(ジェイク・ギレンホール)は父たちと同じ道を歩むべく、18歳で海兵隊に志願する。過酷な訓練を耐え抜いて、第7海兵連隊第2大隊司令部中隊つきSTAの前哨狙撃兵としてサウジアラビアへと派遣される。1990年夏、湾岸戦争のためである。ほかの海兵隊員たちと使命感に燃えていたスウォフォードだったが、派遣された先は果てしなく白い砂漠と目的の見えない訓練、そして機を待ち続けるだけの空虚な日々だった。

物語の前半、ジェイミー・フォックス扮する三等曹長による指導の場面は、スタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』のハートマン一等軍曹(R・リー・アーメイ)のように狂気に満ちてはいないが、戦争映画として王道を行くような感じで描かれている。スウォフォードが自分たちを自虐的に「ジャーヘッド」と呼びたがるのだが、こうした描写もこれから彼が成長していく姿を強調するための伏線とも見える。

だが、一刻も早く前線に出たいと願う彼らを待ち受けていたのは、白く眩しい砂漠での緊張感のない生活である。1日に6回も隊列を組まされ、何もない砂漠の哨戒し、敵のいない場所への手榴弾を投げ、想像の地雷原を進む、何もない標的を撃つ、そしてひたすら繰り返される水分補給と排出……。暇を持て余した海兵隊員たちはサソリを捕まえては戦わせて賭けの対象にしたり、CNNが取材に来たときにカメラの前でふざけて防毒マスクでフットボールを始めてみせたりと、デキの悪い学生のように偽悪的に振る舞ってみせるのだ。

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その極致はクリスマスの馬鹿騒ぎである。見張り番だったはずのスウォフォードは仲間の一人に番をまかせ、酒を飲んで爆音で騒ぐが、これが災いを呼ぶ。テントに火が燃えうつり、火災を発生させてしまったことでスウォフォードはトイレの糞尿を掃除させられる。実戦に赴くまで、ひたすら反復される退屈な訓練と、その合間の息抜きとしての馬鹿騒ぎ。こうした張りのない時間は、彼らの青春を引き延ばすモラトリアムにほかならない。まさに『愛と青春の旅だち』(1982年)とは真逆の青春群像である。海軍士官養成学校を舞台としたこの映画では、試練を乗り越えた主人公ザック(リチャード・ギア)の成長はもちろんのこと、あまつさえ恋愛までもが登場するのだが、『ジャーヘッド』で描かれるのはむしろこうした華やかさとは無縁の青春である。

そんなスウォフォードに実戦のチャンスが訪れるのは、砂漠を訪れて半年ほどが経過してからだ。だが、進軍することになった彼らを待ち受けていたのは、吹き出した油田を浴びたり、丸焦げになった死体を目にして吐き気を催したりする、予想を裏切る不愉快な経験の数々だった。そして、ついに訪れた狙撃兵として敵を撃つための絶好の機会も、仲間の別部隊が介入したことではしごを外されてしまうことになる。

青春映画としての『ジャーヘッド』には、どこまでも哀愁がつきまとっている。それは海兵隊員たちに訪れた遅れてやってきた、まもなく終わりつつあるモラトリアムの雰囲気のためである。スウォフォードは故郷へ帰ったとしても、不仲になった恋人が待っているだけである。湾岸戦争という過去の戦争を懐古するという行為も、この哀愁を助長させている。ラストの戦争が終わったことがはっきりとし、仲間たちが即興的な祝宴を張るなか、スウォフォードが実戦で使うことのなかった銃を宙に向かって撃つ場面のやるせなさは、行き場のないやるせない青春の終わりを象徴的に示すものだ。

監督は『アメリカン・ビューティー』『1917』などのサム・メンデス。一兵士の視点を通して戦争を描くという点では『1917』と同じモチーフを共有しているようでありながら、大きく異なる。その理由は『1917』が戦場を文字通り横断する映画であるのに対して、『ジャーヘッド』はそうした運動を一切欠いた、どこに向かえばよいかわからない若者の青春を描いた映画だからである。

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