『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』吸血鬼とコメディの相性

『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』
What We Do in the Shadows
2014年、アメリカ、タイカ・ワイティティ監督、ジェマイン・クレメント監督

陽気な性格のヴィアゴ(タイカ・ワイティティ)は、379歳の吸血鬼。1軒の屋敷でヴィアゴたち吸血鬼4人はともに暮らし、日が暮れると遊び歩くという愉快な性格を送っていた。あるとき家に招かれた大学生のニックに吸血鬼の長老であるピーターがうっかり噛みついたことで、ニックは吸血鬼になってしまう。シェアハウスに5人目の新たな仲間が加わるが、ニックが人間の友人を招いたりするなど、穏やかならぬ事態へと向かっていく。

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映画はニュージーランドのウェリントンでの吸血鬼たちの共同生活をモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)で撮影していくという体裁で進んでいくが、こうした手法を採用することで低予算での撮影の弱点を克服しているように見える。大掛かりな撮影も必要なく、ある種の粗さのエクスキュースにもなるからだ。十字架やニンニクが天敵で、陽光を浴びると焼け死ぬという吸血鬼特有の特徴を生かしつつ、クラブで夜な夜な遊び歩くというモラトリアム真っただ中のダメ人間の風刺のようでもある。

また、同じくモキュメンタリータッチのコメディであるウディ・アレンの『カメレオンマン』(1982年)との共通点も指摘できるだろう。歴史上の実在の人物とフィクションの要素を合成するという手法やナチスドイツを使ったジョーク、そして監督自身も出演するという点などだ。吸血鬼をモチーフにしたコメディということで「吸血鬼が現代でシェアハウスをしたら」という設定を生かしつつ、こうしたモキュメンタリーの枠組みを組み合わせたところが妙味となっている。

監督のワイティティはニュージーランド航空の「壮大すぎる機内安全ビデオ」に携った経験もあり、こうしたモキュメンタリーのようなコメディを得意とするメル・ブルックスの系譜にいるような作り手なのかもしれない。そういえば、コメディとしての笑いの要素は薄いが、人間喜劇としての魅力がたっぷりだった『ジョジョ・ラビット』(2019年)は、ブルックス作品では例外的に社会風刺を前面に押し出した『メル・ブルックス/逆転人生』(1991年)のような人間臭い味わいがあるような気もする。

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とはいうものの、この映画を心から笑えるかどうかは観客の好みでわりあい分かれてしまうのではないかと思う。たとえばヴィアゴが獲物として家に招いた人間の首筋に噛み付くとき、誤って動脈を刺してしまったために血が吹き出してうまく飲めない、というジョークがあるが、こうしたジョークはそもそも吸血鬼映画を愛していることを前提としているのかもしれない。むしろ個人的には『ロストボーイ』『ブレイド』などの先行する映画への目配せによる笑いのほうが素直に笑うことができる。それはひとえにモキュメンタリーの手法で撮られているというメタ視点がもたらすものだといえる。何といってもこの映画ではステファニー・メイヤー原作の『トワイライト』シリーズが存在するという世界線で起こる物語が描かれているのだから。

とはいえワイティティをはじめとする吸血鬼たちも愛すべきキャラクターたちで、時間が止まったような彼らの共同生活は心地よいものだ。その意味で、終盤に訪れる悲劇は意外にもセンセーショナルなものとしてインパクトをもたらしている。そして、その後に観客を安心させる大団円も緩いコメディとしてサービス満点であるということができるだろう。この映画を原作とするドラマもあるようだ。ゆったりとした共同生活を描くのならば、長い時間をかけたドラマもおもしろそうだ。

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