『幸せなひとりぼっち』ダニエル・ブレイクのいないスウェーデンの国民的映画

『幸せなひとりぼっち』
En man som heter Ove
2015年、スウェーデン、ハンネス・ホルム監督

スウェーデンで大ヒットを記録した映画で、アカデミー外国語映画賞にスウェーデン代表として選出されている。猫も可愛いし、物語も感動的でスウェーデンの国民的映画にふさわしい。だが、ふと別の映画を思い出したのであった。

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最愛の妻ソーニャ(イーダ・エングヴォ)を亡くして間もない59歳のオーヴェ(ロルフ・ラッスゴード)は、口やかましい偏屈な老人として煙たがられていた。ある日、43年ものあいだ勤め続けた鉄道会社をクビになったオーヴェは、生きる希望を失い、自殺を試みる。そんなとき向かいにイラン人女性パルヴァネ(バハー・パール)の家族が越してきたことで自殺を邪魔されてしまう。その後も、彼女の遠慮のない言動に何度も自殺を邪魔されながら家族と打ち解けていく。

オーヴェ役のロルフ・ラッスゴードは日本ではあまり知られていないが、スウェーデンを代表する名優である。スウェーデンのアカデミー賞ともいわれるゴールデン・ビートル賞の主演男優賞を1993年に受賞し、この作品で2度目の受賞を果たしている(観客賞も同時受賞)。たしかに物語は穏健な感動ストーリーという感じで、彼の演技の恩恵が大きかろうという感じもする。ラッスゴードはほかにもマッツ・ミケルセンの『アフター・ウェディング』(2006年)、スパイとしてナチスに潜入していた女優が主人公の『ソニア ナチスの女スパイ』(2019年)などでもその姿を見ることができる。

オーヴェは59歳というわりにはかなり老けて見えるのだが、ラッスゴードは1955年生まれで、だいたい設定とも同じである。アカデミー賞で外国語映画賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされているので、こういうメイクアップなのだろう。とすれば、設定の年齢を上げるほうがよかったという気もするのだが……。

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物語としては、年老いたオーヴェの現在をコメディタッチで描くパートと、父との慎ましくも穏やかだった幼少期から、ソーニャとの運命的な出会いと幸せな日々、そして2人に起きた悲劇までの過去のパートが並行して語られていくという構成になっている。いわゆる枠物語ともいえる構造で、スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマンっぽいといえばいえそうではある。

仕事をクビになったオーヴェは首吊りから練炭自殺など、次から次へと自殺を試みるのだが、描写にシリアスさはなく、むしろ彼が本当に死にたがっているのかどうかが疑わしいところがコメディであるな、といった感じだ。近所をパトロールして回ったり、妻の墓に備えるための花束を買う際にクーポンのことで店員と喧嘩したりと、こんなに活力に満ちた人間が自殺なんかするかい、とも思いつつも、このあたりはご愛嬌といったところか。新たに越してくるイラン人の隣人が妊娠中であり、だんだんとお腹が大きくなってくるので、ラストへ至る予定調和な展開も、またしかりである。

この映画がスウェーデンの人々から愛されたのは、感動的な物語によるものもあるだろうが、その「国民的」な映画の内容による恩恵も大いにあるだろうと思う。オーヴェはスウェーデンの国産車であるサーブを愛しており、これは自動車いじりが趣味だった父譲りのものだ。だが、若き日にともに近所の治安を守っていた友人がボルボに乗り始めたことで仲違いし、さらには彼が外国車であるBMWを購入したことで溝が決定的になってしまう。

こうした自動車をめぐる「国民的」ジョークをはじめ、地域共同体の連帯をよしとするということも保守的な物語であるといえる。また、スウェーデンでは日本と異なり、親とその子どもが同居することはほとんどなく、2013年には同じくスウェーデン映画である『100歳の華麗なる冒険』もヒットを記録したが、老人の終末問題というのがやはり国民の関心事としてあるのだろうと思う。こうした複数の要素をバランスよく語っていることが国民的映画となった要因だろうといえる。

ところで、仕事をクビになった老人が近所に住む女性と子どもを含めて仲良くなり、物語の最後に死を迎えたところで、あらすじだけを見ると『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)とそっくりだと気がついた。もちろん、こちらは社会派のケン・ローチとあってイギリスの社会保障の複雑さと貧困の現実を飾り気なく描くものであり、まったくテイストは正反対だ。スウェーデンが福祉国家であるからかわからないが、ダニエル・ブレイクが見たら卒倒しそうなほど優雅な「ひとりぼっち」である。おそらく違うが、もしかするとケン・ローチは『幸せなひとりぼっち』の向こうを張って『わたしは、ダニエル・ブレイク』を撮ったのではないかと思うほど対照的だが、似たところのある2作である。

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